風に吹かれて

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風に吹かれて( H30年6月号 : 信濃、越後、東京から)

 

 あづみ野のベスト・シ-ズン「初夏」がやって来ました。「特急あずさ」にも、

大糸線の列車にも登山客の姿が目立ち始めました。当地の田植えは5月中旬で、振り仰ぐ常念山脈も、雪形が、常念坊主 → 馬鍬 → 蝶々と移っていきます。

 一方、東京の麹町、番町界隈には、6月中旬の「山王祭」に向け、「寄進」の額も掲示され出しました。そして、新潟の新大学では、5月18日の曇天の下、学生・教職員総出で田植えです。“米は宝だ、宝の草を植えりゃ黄金の花が咲く”、収穫の秋が楽しみです。ちなみに、この文部省唱歌ですが、教職員も含めて、誰も知りませんでした。では、来年は学長が歌おうかな?  (H30.5.20記)

 

● 金‐文‐虎の3人に 「ノーベル平和賞の動き」 だって

6/12シンガポ-ルで米朝会談、和平プロセスの前進が期待されているが、

そのことと政治家への「ノ-ベル平和賞」授与とは異質なものである。政治は、あくまでも<結果>なのだ。平和賞を授与した「パレスチナ合意」の今日の

状況が全てを語る。とても「Nobel Peace Prize」といえるようなものではない。

いうならば“novel-peace”prize、3人とも、辞書を引いてみるがよかろう。

 

● ちょっとしたことで分かる北朝鮮農業の実情

これまたNHKテレビの報道である。4/17の「 ニュ-ス9」では、南北朝鮮の友好・緩和ム-ド強調のアナウンス、「オリンピック以降はいいことばかり」と現地の声を中心に拾っていたが、一瞬、望遠レンズに映った国境線の向こう側、北朝鮮の春の耕起作業は、<2頭の牛を使って、それぞれに犂(すき)を繋いだ、日本では50年以上昔の農作業>だが、音声は、ここには何も触れない 「北鮮・忖度ぶり」である。このような経済の状況抜きの報道には疑問と意図を感じる。

 

通訳はつらい

4月20日の報道(読売)、日米首脳がゴルフ・カ-トの同乗の写真で、2人

乗りカ-トの後方のバ-を掴んで2人、首脳以外の人物が顔を突き出し、日米首脳に耳を近づけている。これは、通訳者であろう。3時間のワン・ラウンドとしても、また、仕事だとしても、緊張の多い、つらい仕事である。

 

● 新潟の銘酒「三梅」

 ここからは新潟の話になる。一般に、三梅とは<越乃寒梅>(新潟市亀田郷)、<雪中梅>(上越市)、<峰乃白梅>(新潟市西蒲原)を指しこれで終わりかと思っていたが、新潟90の酒蔵には、もう3つ、銘酒の「梅」があるらしい。

 それらは、<越の寒中梅>(小千谷)、<越後雪紅梅>(長岡市)、そして、<越後乃紅梅>(上越市頸城>である。なんとか、6梅を制覇したいものだ。

 

● 「良寛牛乳」

故郷はよきものかな。ロ-カル色が満載の命名である。3月22日の高速道路、

脇を走る小型トラックに目をやると、三島郡出雲崎「良寛牛乳」とあった。

 一目見て、「ナルホド地元産」である。

 

● まだまだ元気なベンチャ-ズ

新潟駅コンコースのポスターに驚いた。「ベンチャーズ・ジャパン・ツアー

2018年7月26日新潟テレサにて、全席指定6000円、曲目は、①ダイアモンド・ヘッド、②パイプ・ライン、③雨の御堂筋ほか」である。

 遠目にも歳はとっているが、「ああ、彼らはまだ元気だったんだ!」

 

● 新幹線から見る「赤羽-上野崖線」

上越新幹線で帰京の際に、赤羽あたりから上野にかけて、顕著な「崖線」が

観察できる。これが「上野崖線」である。「崖線」は、河川や海の浸食作用で

できた崖の連なりで、氷河期後の東京湾の海面上昇で台地が浸食された名残りである。上野の大地は、かつて「上野半島」でもあった。

 

 この崖線直下を京浜東北線が走り、王子駅付近では、飛鳥山に沿って音無川(石神井川)が流れ込む。また、日暮里、田端では、切り通しの道路と交わる様子が見て取れる。また、内陸では、多摩川沿い「国分寺崖線」が有名である。

 東京都の説明では、「崖線の緑は、自然の地形を残し、かつ、市街地の中で、

区市町村を越えて連続する東京の緑の骨格で、崖線の下には、多くの湧水や動植物などの資源がある貴重な空間である」となっている。

 

 音無川渓谷、王子製紙発祥の地、23区唯一の蔵元「小山酒造」(丸真正宗)が立地するのも流水、湧水、地下水に恵まれた崖線のお蔭といえるだろう。

 

● 気になる言葉づかい

 テレビでもラジオでも、このところ、言葉遣いが気になって仕方がない。

おそらく、歳のせいであろうか。

 「容疑が“整い次第”逮捕する」容疑を整えられてはたまらない。おそらく、

“固まり次第”の誤用ではないか。(4/14 NHKテレビ)

 「スポ-ツ選手たちが、茶道の心に学ぶシ-ンに出た字幕」に、<結構な

“お手前で”>とある。(4/17) これは<お点前>の間違えかと気になって

辞書を見ると、「茶道の手前は、“点前”とも使う」、当方の知識不足であった。

 

● ヘンな言葉づかい

 先月号で、「霞ヶ関の官僚答弁などに、最近、言葉の乱れが目立つ」と述べ、

その一例として、「○○と・なってございます」を挙げた。マスコミも同様で、

5/15の読売新聞の社説はとくにひどかった。完全に、日本語を殺している。

 

 社説の趣旨は、「国会は不祥事対応に終始することなく、国際情勢ただならぬ現状に鑑み、建設的論戦の場とせよ」というもので、まともな主張であったが、

13のパラグラフ末尾のうち、7つが「ねばならない」「べきだ・べきだった」で結ばれていて、日本語になっていない。

 「はず」「べき」「ねば」の大間違い、いずれ「がっかり」、やがて「がっくり」だ。<了>

 

風に吹かれて( H30年5月号 : 三大奇祭ふたたび)

 

 北朝鮮問題ですが、6月初めまでには米朝首脳会談がありそうです。お互いを「ロケットマンの若造」vs.「老いぼれ」と非難しあっていた2人がどのような

 

作戦で臨むのか、やや蚊帳の外の日本としても気になるところです。北朝鮮が米国側を十分研究しているのに対し、トランプ政権は内部崩壊気味で、自分のことばかり優先して走る可能性が大、「北朝鮮ペ-ス」の嫌やな感じがします。

 

 一方、国内問題での気がかりは、<あってはならないこと>や <前代未聞>、 <言語道断>、 <懲りない> の連続、国権の最高機関・国会の権威は軽視され、霞ヶ関も、財務、厚労、文科、防衛と「制度疲労」の時代に入ったようです。

 

 

 

さて、5月号では、「米朝会談」「韓国の文化感覚」「続・三大奇祭」、そして、

 

「孤独を恐れない」を取り上げました。           (H30.4.26記)

 

 

 

●  <北朝鮮の核保有を容認>となりかねない米朝合意に要注意!

 

前哨戦が盛んだが、いよいよ米朝交渉が本格化する。この交渉プロセスには十分な注視・分析と最悪の事態を含む多様な選択肢の検討が不可欠である。

 

北朝鮮は、「現体制継続の保障=平和条約、経済支援の再開」と「交渉継続による時間稼ぎ」の両にらみ作戦であろうし、そのエサには、見せかけばかりの<核実験中止、実験場廃棄、ICBM実験発射の中止>をデイ-ルに使う。(いまや

 

核開発は終了、ICBMも兵器化は完了、実験場は崩壊寸前で、北朝鮮は痛くない)

 

 他方、アメリカは<北朝鮮の非核化=現有核の廃棄とICBMの放棄>を迫るのだろうが、非核化の確認にはIEAの査察が伴うから、難しい交渉になるだろう。

 

 

 

最もミゼラブルで恐ろしい合意は、アメリカにとってクル-シャルなICBMを放棄させたいがために<北朝鮮の核保有を認めてしまうこと>である。これは、東アジアの集団安全保障からの撤退、ひいては、アメリカの核の傘の下にいる国々に、<独自の核武装・自己防衛OK>に道を開くことに通じる。国際社会の悲願<核拡散防止>と全くの逆方向をもたらすことにもなりかねない。

 

日本は、アメリカに対して、<地政学を考えた地域的・長期的な交渉>を

 

説得し、場合によっては、逆プレッシャ-をかけるべき時期に来た感がある。

 

 

 

ウリ・ジナル( not “original”)

 

産経新聞からの引用である。(韓国では)「われわれは中国文化を受け入れ、それを模倣するにとどまらず、またそれに同化しわが文化の本当の姿を失なう

 

ことはなかった・・・中国文化を受容し、それを民族と国家の繁栄に適切に、

 

再び創意力を発揮し、新しい文化を創造してきた」(韓国の高等学校世界史)

 

筑波大学の古田教授は、<受容すればわれわれのもの→ウリ・ジナルへ発展>

 

これを表現している。

 

 

 

平昌オリンピックで日本の女子カ-リング・チ-ムがハ-フ・タイムのときおいしそうに食べていた韓国産のイチゴ、これもまた日本産を完全に盗用しておきながら<自国産の独特のもの>と称する<ウリ・ジナル>である。

 

 

 

●  続・三大奇祭

 

 日本では、三、四、七、八など「吉」の数字を重要なことの冠に被せて使うことが多い。まあ、中国での「白髪三千丈」や「xxxx30万人」ほど大げさではないが、日本人も、数合わせが好きだし印象にも残りやすい。

 

 

 

 かつて、平成28年の8月号に「青森のキリスト祭」を取り上げたところ、

 

読者のお一人から「自分も三大奇祭の一つとしてこれを紹介したことがある。そのときに取り上げた三大奇祭は、次の3つである」というメ-ルを頂戴した。

 

①   青森(新郷)キリスト祭、②神奈川(川崎)かなまら祭、③和歌山(日高川)笑い祭

 

新郷では、「キリストは死なず日本に渡った…浄め給え」と唱え、川崎では、巨大な「男根」を女性たちが神輿に担ぐ、日高川では、ド派手な原色の衣装と白塗りのメ-クで、鈴を片手に「笑え、笑え」と強要する怪人の登場だ。

 

 

 

<ナルホド三大奇祭にふさわしい>と、そのときは得心していた。ところが、3月4日の「新潟日報」には、「日本三大奇祭の一つともいわれ、1200年以上の歴史を持つ<裸押合い祭>が、浦佐の<毘沙門堂普光寺>で開かれた」とある。

 

おや!と思い、インタ-ネットを検索すると、自称の三大祭が次々に出る。

 

<秋田のなまはげ柴灯祭>、<諏訪大社の御柱祭>、<山梨吉田で富士山の

 

噴火を鎮める吉田の火祭>、<静岡島田の帯祭(鹿島踊り)>、<岡山の裸祭>、

 

<岩手黒石寺の蘇民祭>、いずれも甲乙つけ難く、ふるさと自慢が微笑ましい。

 

 

 

余談にはなるが、しばしば、「三代奇人」とか「四天王」とのいい方もあり、奇人の方では、「アンタ、その一人?」と指摘されると「あれはオレではない、○○ではないか」と逃げ、四天王の場合は、「4人目はオレだ」と名乗り出る。

 

 

 

●  孤独遺伝子

 

またまた、明け方のNHKラジオからである。<群れる・交わる>の利点に

 

ついて、これまでの通説では、「一般的に、他人とつき合いのいい人は、健康で長生き、子孫も増えて種の保存に貢献し、そうでない人には<孤独遺伝子>があって、それで<ハグレ鳥>になるのだ」と否定的にいわれてきた。

 

しかし、最近の学説では、<孤独遺伝子>を肯定的に捉えて、「感染症などのエピデミックによる集団絶滅の危機を回避するためにあらかじめ組み込まれたリスク対応の重要な遺伝子である」とされるようになってきた。

 

 

 

ヨ-ロッパ大陸からアメリカに渡った人々には、フロンテイア精神があるが、この根源もどうやら<孤独遺伝子>で、しかも、寿命には関係ないというのだ。

 

そういえば、遙かな昔、中西部の農場を訪問したとき、隣家とは100マイルも離れた牧場に住む老婦人に「寂しくはないか?」と質問したときに、「い-や、自由でよい、それに衛星放送と電話があるから」との答えに驚いた記憶がある。

 

かくして、「孤独、大いに結構」、生まれたときも、死ぬときも一人、決して、「孤独死」などといってはいけない。独来、独生、独去なのだから。  <了>

風に吹かれて(H30年4月号 : ウソか、まことか)

 

 

 政治外交に振り回された冬季オリ・パラも終了し、日本、とくに女性陣の活躍は見事なものでした。メダルの数もさることながら、立振る舞いの美しさ、優しさは、韓国との比較もあって、世界中の好感を呼んでいると思います。

 

 

 

 サクラ前線が急速に北上、スギ花粉も最盛期になり、「青陽の春」は、もう目の前なのに、国会の方はあの体たらく、お寒い限りです。最古・最強を自称する財務省の「決裁文書改ざん」は、国権の最高機関たる立法府をコケにしたという点でも前代未聞です。慌てずに真相をしっかり究明すべきでしょう。

 

 

 

 ところで、「xxと思ってございます」なんて答弁は、日本語を殺していますね。

 

 

 4月号の「風に吹かれて」ですが、ちょっと趣を変えて、1月15日の講演、「産官学イノベ-ション・フォ-ラム」で用いた<噺のまくら>をご披露いたします。ウソのようなホントの話?真偽は確認しつつご笑覧ください。(H30.3.20記)

 

 

(1)GPSと漁船自動操縦の精度

 

 

 

「全地球測位置システム」(GPS)により、産業は多大な利益を得てきた。また、11月には、さらに精度を向上させたGPS人工衛星「みちびき」も打ち上げられるので、乗用車や農業機械の自動操縦にも利用範囲が広がる。

 

 

初期のころは、笑い話も多い。<夜中に漁船を自動操縦にして眠っていたら、防波堤に激突した>とか、<水域越境の漁船が「救命ボ-トにGPS受発信装置・インマルサット」を乗せて境界線内に放置、記録上では「装置喪失」と記して報告していた>とか、そのような冗談話が伝えられている。GPSの<誤差>が10m単位のころだ。「みちびき」は、誤差が6cm以内にまで縮小されるので、自動操縦のレベルは、格段に上がるだろう。クラウド・コンピュ-タとGPSやドロ-ンの併用により、「スマ-ト農業」の時代もやってくる。総理も「2020年には、自動トラクタ-などを商売ベ-スに乗せる」といっている。

 

 

 

(2)LEDへの切替えでイカが不漁に

 

 

 

イヌの嗅覚は人間の数億倍といわれ、この能力が警察犬や麻薬捜査犬に活用されている。また、小さな脳みそであるにも拘わらず、カラスの能力も凄い。

 

 

 

イカだが、釣り漁船は船側にたくさんの電球を吊してイカを集魚する。この電力エネルギ-費用が膨大なため、近年、安上がりのLEDに交替した。初期のころの話だが、切り替えたLED漁船で、イカの食いつきが悪くて、困り果てたことがあったそうである。

 

 

 

人間様には<白熱電球と同じ>と思えたLEDの微妙な色合いが、<イカには全く別の色>であったらしいのだ。しかし、そこは<必要は発明の母>、LEDの色のバラエテイも増えて改善され、いまでは、遜色のない状況になっている。

 

 

 

 

 

(3)雪国の信号機では雪落としが大変

 

 

 

まず、10年ほど前の札幌での体験で、大豪雪に遭遇したときのマスコミ報道からである。LEDの信号機(横長)では、上に積った雪が溶けないで交通麻痺が起こったのだ。LEDは熱を発しないので、積った雪は人力で落とすしかなく、却ってコスト高になった。その後の改善第一弾は、<信号機を縦長にして雪が積もる部分を小さく、落ちやすいようにする簡単な方法>であった。

 

 

 

つぎは新潟。ここも同じように横長を縦長に替えているのだが、右・左折も表示する複雑な大信号機ではやはり積る。この1月の豪雪のときは、警察官がアルミの自在棒で雪を落としていた。子細に観察すると、さらなる改良型では、①信号機が薄くなる、②少しばかり下向きに角度を付いて落ちやすくなるとの工夫があって、進歩はまだ続いている。これで終わりか、次があるのか・・・。

 

 

(4)農山村は未利用エネルギ-資源の宝庫

 

 

 

①  太陽光、風力は無尽蔵で、また、基幹的用排水路4.5万kmでは、13~14億kw/h分の「小水力発電」も可能というデ-タもある。

 

 

 

②  再生エネルギ-が「ベ-ス電力には不安定」なら、組合せの工夫で安定確保できるだろう。<空が曇れば風は吹く、水はいつでも流せる>のだから。

 

 

 

③  農地・森林利用と電力利用の両立・棲分けもできる。日陰を好むワサビ田に掛けられている日よけの<寒冷紗>を可動式ソ-ラ-・パネルに活用する。

 

 

 

④  バイオマス・エネルギ-が既刊の「里山資本主義」に登場するが、地域内の小さな循環系のシステムが肝要だ。ドイツやオ-ストリアのバイオマスは、チップを積載したのタンクロ-リ-が電話一本で地域内を走る「木配り」だ。

 

 

 

⑤  小水力もマイクロ水力(水道管、下水管)も、能力と需要規模に応じた循環システムが不可欠だ。多様なエネルギ-調達を構想することが必要である。

 

 

 

(5)きらら397開発秘話

 

 

 

「きらら397」の本名は、<上育397>、つまり「上川農業試験場育種No.397」

 

 

 

 

 

 「猫またぎ」とまでいわれた北海道のコメが、この開発を契機に大進歩する。その裏にあったのは、試験場の技師「稲津さん」によるの発想の転換だった。通常、品種更新の速度は1年に一度しか進まないが、沖縄に新種子を送って「2期作・稲作体系」に委ね、スピードを1/2の期間に短縮したのである。

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風に吹かれて( H30年3月号 :春まだ浅し)

  先月号で、<デビュ-60年を超えて活躍中の「ボニ-ジャックス」>を紹介しましたが、メンバ-のお一人「鹿島武臣さん」は、わが母校の出身でした。

 

北園高校5期の1953年卒業ですから、年齢は83歳、2~3年前まで、お住いの浦和地区でもコンサ-トを開催していたと「九曜会」(高校同窓会)から情報がありました。先輩方のご活躍は、嬉しく、かつ、励みにもなります。

 

 

 

「一陽来復」、3月号は、論評集のようになりましたが、ご容赦ください。

 

● 「‘18豪雪」 か、「(平成)30豪雪」 か

 

  北陸・信越は、「56豪雪」(昭和56年)以来、37年ぶりの大雪で、平地でも前が見えない<スノ-・アウト>、魚沼守門地区では2mを超える積雪、福井・石川の県境では1500台もの車が雪で立ち往生だった。ただ、ほとんどの列車が運休になるなかで、さすが雪に強い「上越新幹線」、<通常運転>とは恐ろしいくらいで、却って、あまりの几帳面さが気になった。東京入線5分遅れを車内清掃時間の短縮と速度アップで取り返して、新潟に<時刻通り到着>である。

 

角さんではないが、関東平野の晴天が越後人には羨ましいのだとよく分かる。

 

●    御神渡り神事

 

  2月6日、諏訪湖畔で「御神渡り神事」が取り行われた。結氷が進んで、湖の中央部が盛り上がり、対岸まで山の尾根状の道(?)ができる。このところの暖冬のせいか、5年ぶりのことだそうだ。

 

 

 

 伝説では、「御神渡りは、男神が対岸の女神に会いに行くための道づくり」というから、何ともしゃれた話である。そして、この道の姿かたちで、作物の出来や景気の状況もわかるらしい。本年の占いは「作物は豊作、景気もよし、形は、昭和20年に類似」というが、この年は「凶作でどん底景気だった」 はずだが・・・。

 

● 名護の市長選はパンダとスタバ?

 

 沖縄・名護市長選の結果を受け放映されたBSフジ「プライムニュ-ス」は、反町キャスタ-の突っ込みと敗北を認めようとしないコメンテ-タ-たちのかけ合いが面白かった。

 

 

 

(反町)「安倍政権支援の渡具知当選は、辺野古移設容認されたということか」

 

(コメンテ-タ-)「渡具知さんへの投票者も多くは慎重派だ」

 

(反)「では、その違いは、選挙民が稲嶺さんの経済政策に不満足ということか」

 

(コ)「稲嶺さんも、経済政策は、同じぐらいよくやっていた」

 

(反)「経済政策が同程度で、選挙民の大半が移設反対ならば、ふつうなら稲嶺当選となるのではないか」

 

(コ)「今回は事前投票が多く、公明党の組織票も含めて強制動員があった」

 

(反)「それは稲嶺派の努力が足らなかったということで、やはり、経済政策・地域振興策の将来展望がないことを意味しないか」

 

(コ)稲嶺さんは、地域振興もよくやっていて、例えば、パンダを持ってくるといっていた。渡具知さんの方はスタバを持ってくると・・・」

 

(反)「じゃあ、パンダがスタバに負けたことになるじゃないですか」

 

労働組合の集会でもなかろうに、「組織動員の差」とは古めかしい。

 

 

 

 さて、ついでのことながら、湯島・本郷・上野の散策で、東大構内を訪れたところ、工学部11号館の学生ラウンジの隣に小綺麗な「スタバ」があって、土曜日にも拘わらず営業していたのには驚いた。世の中は変わるものである。

 

●    2国間の合意は守られて然るべき?

 

予想どおり、北の陽動作戦・宣撫作戦が功を奏し、平昌五輪は、「ピョンヤン(平壌)五輪」の様相となった。

 

 

 

2月9日開幕の平昌五輪に合わせて「北朝鮮・金剛山」で行われる予定だった両国の合同文化行事について、北朝鮮は、1月29日に一方的な中止を通告してきたと報道される。理由は、韓国メデイアによる北朝鮮への冒涜だといわれる。

 

これに対する「韓国統一相」のコメントがすばらしかった。「2国間で正式に合意されたことは必ず守られなければならない」だと、正にそのとおり、この際、文在寅大統領も、日韓正式合意の「慰安婦問題」<不可逆的・最終的な合意>を「必ず、完全に実行するのが当然」となるのが筋というものだ。

 

 

 

根無し草の身勝手な考え・行動は、韓国首相の発言にも現れている。「アイスホッケ-南北合同チ-ム問題」では、「メダルのチャンスはないのだから練習の積上げはなくてもよい」と<スポ-ツの祭典>を無視するのが哀れにも思える。

 

北鮮への経済制裁で禁じられる「万景峰号」の特別寄港は、なし崩し融和的行動で、日米韓分断作戦に乗せられたかのような危うい動きは大いに気になる。

 

 

 

余談になるが、スポ-ツでも、韓国は「恨(ハン)の国」だ。これまでの五輪でも、韓国を破った選手らへの誹謗中傷が頻発している。今回も、女子のスピ-ドスケ-トSTで「韓国選手が失格でメダルを逃して憤り、3位のカナダ選手にはソ-シャルメデイアでの罵倒や殺害予告が殺到、警察が捜査を開始、IOCからも警告がなされている」(新潟日報2/19)たぶん、これは、未来永劫、治らない。

 

 あの「置いてけぼりパシュ-ト騒動」の根っこもここにあるのかも知れない。

 

 

 

 

 

●    台湾と日本

 

「広辞苑」の新版で、<台湾は中国の一部>と解説をこれまでと変えたとされ、多くの議論を呼んでいるが、その話ではない。

 

 

 

 台湾で発生した大地震に対して、日本がいち早く救助隊を送り、台湾からは大いに感謝されている。中国からも救援の申し出があったのだが、「必要はない、救助の手は足りている」と断っている。受け入れられたのは日本だけだという。

 

今後の台湾‐中国関係を考えると、「借り」は作らないということかもしれない。

 

 東日本大震災のときに、台湾がすぐに救助隊の派遣を申し出たにも拘わらず、 中国の派遣態勢が整うまで台湾を待たせた「菅政権」の対応とは違うものだ。

 

●  日本文化の守り人

 

相撲協会の理事選挙(2/2)に敗れた貴乃花親方が、2月7日のテレビ朝日のインタビュ-を受けたが、「衝撃的」であった。20通にわたる意見書が全く無視されていたというもので、協会側の<結論ありき><印象操作>で<鏡山親方の協会ジャンパ-着用・これ見よがしパフォ-マンス>の意味がよく理解できた。

 

 

 

大相撲への姿勢の点では、先立つ1月31日に更新された「貴乃花部屋」のホ-ムペ-ジのなかで、貴乃花は、「相撲は、競技であるとともに神事であり、日本文化の守り人である」、「後の世代に伝えていかなければならない」という。2月1日のHPは、「大相撲はこれでよいのか、相撲協会は公益法人といえるのか、将来、相撲は残っても協会は消えているかも知れない」と危機感を語っている。

 

 

 

貴乃花の思いは、イタリア映画「山猫」でのセリフ ”Change to remain the same”にも似ており、また、昨年10月号でも紹介した民俗学者「柳田國男」の<捨つべきものに固執し、守らなければならないものを捨ててしまう愚>とも共通する。大相撲の改革は、「日暮れて道遠し・不祥事は続く」ことだろう。

 

<理事選に12人立候補か>との情報も、無投票への作戦だったように思える。

 

 

 

ことの本質は「内々で済まそうと思っていたのに表沙汰にしやがって」にあるのだから、評議員会と理事会をしっかり分ける、部外の理事が過半となるようでなければ「公益性」は保証されない。いやなら、<公益>の2文字を外して、

 

 

 

「一般財団法人化」すればよいだけの話である。

 

●    アルマ-ニの標準服

 

 報道を知って、率直なところ、「アホかいな」が印象である。<標準服で制服ではない、強制ではない> <賛成している保護者も多い>などと弁明するが、たぶん、<もう走り出していて戻れない>が本音だろう。そこで思うのだが、強制ではない、作るも着るも自由な標準服というのなら、デザインと色などを公開して、アルマ-ニに注文するもよし、母親や知り合いに作ってもらってもよしとしてはどうか。小学生の成長は早いから、このままだと毎年8万円もの多額の支出を家庭に強いる。銀座にあっても、家庭の経済力はまちまちなのだ。

 

 

 

 私立学校でもあるまいし、そもそも、小学生のうちは多様なファッションの生活をした方が情操教育上もよいと思うが。それとも、この際、どこかの学校法人に学校ごと売却し、その名も、<泰明アルマ-ニ小学校>と変える、制服・標準服のみならず、学校中の全てのデザインを彼らに任せたらいかがだろうか。

 

 

 

“島崎藤村、北村透谷 幼き日 ここに学ぶ”

 

泉下の先輩が「なんとセンスがないことよ」と嘆く姿が眼に見えるようである。

 

                                  (H30.2.26記)

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風に吹かれて( H30年2月号 : 「はるかな友へ」 )

  この2018年は、明治維新以来150年に当たり、各種の記念行事も予定されているようです。一方、わが身に重ねてみれば、初めて社会人になった1968年が「明治100年」で、「その後の50年」とは切り分けられて、どちらかといえば、「あれからもう50年なのか」の方に感慨深いものがあります。漫画の「意地悪ばあさん」(長谷川町子)には、嫁にやり込められたバアさんが天ぷら屋で嘆く「明治生まれが昭和にやられ、大正エビでウサばらし」のシ-ンがありました。

 

「退位~改元」となれば、自らも三代を生きて、昭和も遠くなっていきます。

 

 さて、2月号は、旧い話、新しい話、復活の話を集めました。(H30.1.29記)

 

 

 

●  デビュー還暦を迎えたボニージャックス

 

12月26日の明け方のこと、ラジオをつけたままうつらうつらしていると、懐かしい歌声が聞こえてくる。ふと目覚めれば、「静かな夜更けにいつもいつも思い出すのはお前のこと、お休み安らかに辿れ夢路・・・」ボニ-・ジャックスの「はるかな友へ」のハ-モニ-だ。解説では、<昭和33年のグル-プ結成以来60年の還暦、レコ-ド化されたのは5000曲>。すると、年齢はみな80歳以上であるのに、この歌声は何であろうか。さらに続く曲は、「だ-れかさんが、だ-れかさんが、だ-れかさんが見-つけた・・・」と「小さい秋」に連なっていく。

 

 国内では、ダ-ク・ダックスも去り、海外のグル-プでも、PPMは解散して、キングストン・トリオもブラフォアも、最近はあまり聞かない。そんなさ中の12月末、中野サンプラザには「トリオ・ロス・パンチョス東京公演」の広告。これを見て、「ああ、彼らはまだ元気だったんだ」と、またビックリである。

 

● 焼き場に立つ少年

 

1月1日、CNNからの配信である。ロ-マ法王フランシスコは、「1945年の長崎原爆の被害者の写真をカ-ドに印刷し配布するよう」指示を出した。また、カ-ド裏には、法王の要請で、「戦争が生み出したもの」との言葉が記載される。

 

 このような指示は初めてのことであることから、法王には、核戦争の危機に直面していることへの特別のメッセ-ジが込められているのだろう。

 

 J・オダネルが撮影した「焼き場に立つ少年」の<拡大ポスタ-写真>を見て、涙が止まらなかった経験を持つが、さらに、この少年の立ち姿には、日本人の矜持というか、死者への崇敬の念を現代人に問うているのだと考えさせられた。

 

● 「ハナ垂れ」焼酎特区と「加賀の井」の復活

 

「洟垂れ」ではない、<初っ端、出端>の「ハナ(初)」である。

 

東京の青ヶ島村には、島のサツマイモと麦麹で仕込んだ特産の「青酎」があり、その製造工程のごく初めに少量出てくるのが「初垂れ(ハナたれ)」だ。ただ、度数が60度と高いため、酒税法の上限(45度)を超えるため、観光客に販売できなかった。それを「特区制度」を使って、島内に限りOKとしたのだ。こういう構造改革特区なら悪くはない。なにせ、酒税法は、食品・飲料の品質などはお構いなし、もっぱら徴税の確保が目的だからかなわない。

 

 かつて、ある経済界の方々との会合で、怪しげなビン入りの「ハナたれ」を賞味したが、誠においしかった。どこの焼酎産地にもありそうだ。

 

 

 

 一方こちらは日本酒である。糸魚川の大火で酒蔵が焼失した「加賀の井」であるが、予想どおり不死鳥のごとく蘇えった。隣県富山「銀盤」の蔵を借りてささやかな製造を続けていたが、このたび、大火前の1.3倍の造石規模で再開する。若い兄弟の経営者は、「酒蔵の完成は<復旧>でしかない、事業が軌道に乗って初めて<復興>だ」と気を引き締めているとのこと(12/22新潟日報)、まことに頼もしい限りで、3月の工場完成、来年の新酒が楽しみである。

 

蛇足ながら、富山の「銀盤」もおいしい日本酒で、しばしば注文している。

 

 

 

● 「信濃の国」 7番の歌詞募集中

 

信州にも触れたい。追加→リニュ-アル→新装開店となる模様である。

 

<松本、伊那、佐久、善光寺、4つの平は肥沃の地…>に始まる長野県の県歌「信濃の国」は、東・北・中・南の地域、ことに仲の悪い長野と松本を束ねて一つの県にまとめようとの意図から作られ、1968年(昭和43年)には、正式の「県歌」になった。ちなみに、このことは、内田康夫の「信濃の国殺人事件」などを引用して、「風に吹かれて」の平成25年9月号に記した。

 

 県歌の歌詞は6番まであるが、報道によれば、このほど制定50年を記念して、「7番」を公募するらしい。6番でも十分長く、とても記憶しきれないのに、<7番+>とは、孫文じゃないが、「ああ未だ革命(県の一体化)ならず」か?

 

 知事も、「歌われる機会が少ない、広めて受け継がれていくよう」と語る。

 

 

 

● いわさき・ちひろ生誕100年

 

 安曇野市の隣、松川村に「ちひろ美術館」がある。2018年は、ちひろの生誕100年に当たる。空襲に焼け出されてこの地に疎開してきたちひろは、55歳で死去するまで心温まる絵本を書き続けてきた。

 

 長男の美術評論家「松本たけし」によれば、彼が芸大3年のときらしいが、母のちひろの遺作を保存しようと、各地の美術館を回ったが、どこも、ケンもホロロの拒否だったらしい。日本の絵画の世界には古い「順位付け」があって、油絵→水彩画→日本画と来て、挿絵は下位、絵本などは圏外であったという。そこで発奮し、第二の故郷「松川村」に自ら美術館を建て、いまは「千客万来」。

 

なお、ちひろは、東京府立第六高女(現在の三田高校)の出身、夫であった共産党の論客「松本善明さん」は、いまもお元気とのことである。

 

 

 

● 戦時下のイヌ、ネコ供出

 

運悪くセンタ-試験と重なった北陸豪雪のこの日、朝に聴いたNHKのラジオ放送はまことに深刻なものであった。(1/13 4:00~)

 

 日中戦争が泥沼化し太平洋戦争に入ると、軍隊の防寒装備が不足してくる。ウサギを飼育して毛皮を取るのが本筋だったらしいが、人手もエサも足らない。昭和15年の国会演説に端を発した対応策が、野良犬、野良猫、家庭の犬・猫もと殺して毛皮を取れば、治安もよくなる、大事な食料も節約できるとの発想で行われた悲しい作戦である。記録によれば、昭和19年の北海道の数字では、イヌ3万匹(全数の80~90%)、ネコ7万匹(53%)が殺されて毛皮になったという。(了)

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風に吹かれて( H30年新春号 : ほころびが目立つ日本社会)

1年間ご愛読を頂きありがとうございました。新しい年のご多幸を祈っております。

 

 

   このところ、毎週のように上越新幹線で新潟へ通っています。本格的な冬になって、国境の長い

 

トンネルを抜けたその先、越後湯沢辺りからは雪景色です。とくに、天気のよい日、浦佐付近からは、白い水田の向こうに、越後駒ヶ岳~八海山のパノラマが見事です。4月以降は、東京、長野、新潟と3拠点生活になりますので、それぞれの地で四季の変化を楽しみたいと思っています。

 

  さて、1月号では、企業不祥事の報道などへの感想を記しました。

 

 

 

● エア・バッグのリコールとワン・ペダルへの転換

 

平成29年は、わが家の乗用車にとって多忙な1年であった。

 

① まず、春先に「国交省・トヨタ」から、愛車アベンシスの「タカタ・エアバッグ・リコ-ル通知」が届く。デイ-ラ-と登録は東京だが、現在の保管場所は安曇野なので、系列の「ネッツトヨタ穂高店」と連絡を取り、車の持込みと立会いに東京から出かける。なお、5月の車検の際にも指摘があり、ご丁寧なことだ。

 

 生命に関わることとはいえ、国交省とトヨタの連絡体制はすばらしい。だが、報道では、交換済みは83%、いまだに130万台が未了とのことで、国交省は、平成30年5月の車検からは、パスさせないという強行策に出た。

 

② ついで、ワンペダルである。最近、高齢者の「ブレ-キ・アクセル踏み違い事故」が多発しているため、家内から、「運転を辞めるか、安全装置ワンペダルへの交換か」を迫られて後者を選択、長い段取りの末、12月11日には安曇野へ出向き、交換への立会いと1時間ほどの慣らし運転を行なってきた。

 

 ワンペダルの仕組は次のとおりである。既設のブレ-キ上に特殊なペダルを重ねて、「踏み込めば常にブレ-キ」、「足を右に軽く寄せればアクセル」というもので、ブレ-キはやや重く、アクセルは軽いが、突進事故は、起こらない。

 

 列車でいえば、デッドマン・ハンドルのフェイル・セ-フ機能である。

 

(そして、平成30年には、「免許の書換え」と「高齢者講習」が待っている)

 

 

 

● 高校の歴史用語からメッテルニヒが消える?

 

 「高校の歴史で学ぶ用語を減らそう」と教員団体がまとめた第一次提案では、坂本龍馬やガリレオが削減対象らしい。これでいいのか、ガリレオを消すのは、小泉純一郎総理が<郵政解散>の際に引用した「それでも地球は回っている」という決定的な歴史上の名セリフも消すことである。

 

あまり報道されなかったが、メッテルニヒも消されるという。「会議は踊る、されど進まず」で記憶され、ナポレオン戦争後の40年間、欧州に平和的秩序をもたらした宰相を消し去ってしまう無神経さに哀れみすら覚える。

 

 

 

● あいつぐ大企業の不祥事 ・・・ 赤信号、みんなで渡れば怖くない?

 

神戸製鋼、三菱マテリアル、東レ、日産、スバル、JR西と著名な大企業での不祥事が連発、「モノづくり大国日本の現場力が落ちている」との指摘もあるが、どうも構造問題のような気がする。中長期的経営視点は許されず、すぐ目先の「利益」という<結果とそのための過度な「コスト・カット>を求める。最も安直な手段は、経営の内実を十分調査することなく、形の上で利益を出している関連会社を<子会社化>してグル-プ全体の連結決算の数値をよく見せる、単なる数字合わせがこの事態を招いたのではないか。そして、日本的な内輪に甘い扱い、企業信用に関する責任の欠如=ガバナンスの弱さが二重写しになる。

 

加えて、うがった見方ではあるが、「いまなら疑惑が1社にとどまらない」、複数の会社の不祥事の発覚に便乗して、「いま発表すれば攻撃が薄まるだろう」という情けない読みがあるのではなかろうか。もう一度、近江商人の経営原則「買い手よし、売り手よし、世間よし」を思い起こすべきである。

 

 さて、最後にもう一つ、不祥事が起きてしまったときの対処法として記憶にある言葉を挙げる。それは、「しゃ・ちょう・げん・かい・で、しょ」、つまり、「謝罪、(第三者)調査、原因究明、改善策、(厳重)処分」である。

 

 

 

● 日本相撲協会は「公益法人」になっているか

 

過去の不祥事、しごきによる弟子の死亡、八百長などの反省に立って、日本相撲協会は「公益法人化」したはずだが、内部体制の整備はゆるく、内閣府や文科省の認可審査も甘かったといわざるを得ない。

 

外部理事は少数、不祥事への具体的な適用関係の基準がない。内部統制では、評議員会と理事会との機能分担が不明確だ、評議員会の議長がテレビ出演して理事会の代弁をするようでは話にならない。公益法人であるならば決定機関と執行機関の区別をしっかりわきまえるべきだ。「日暮れて途遠し」とはこのこと、テレビ取材へのパフォ-マンスに明け暮れている暇はないと思う。

 

 

 

● 地方議員に「厚生年金」案?

 

 11月号で、「地方議会は夜間や休日にやれば、議員へのなり手も増え、議会の費用も節約できる。傍聴が増えて議会への関心も高まる」との趣旨を述べた。

 

12月8日から、長野県の喬木村で、実際に夜間議会が始まっている。開会は19時から、兼業は自由、傍聴も容易、年金はない、費用は日当のみである。

 

 

 

 

 

これに逆行するのが、自民・公明で検討中という「地方議員に厚生年金を」という動きである。厚生年金の掛金の半分は、雇用主=役場=税金負担である。

 

辞めてからの生活が大変でなり手が少なくなるとの理由らしいが、地方議員は、生計を維持するための職業ではない。喬木村の爪の垢でも煎じたらよかろう。

 

 

 

● 「もったいない運動」が本格化

 

 6年ほど前に松本で始まった「30‐10運動」が、いまや全国化しつつある。

 

嬉しい限りである。BSE事件に端を発した安全・安心、地産地消の「みどり提灯運動」、そして、食資源を大事にする「もったいない運動」へと食・農に関する動きは好ましい方向を辿っているようだ。願わくは、「子ども食堂」も含めて、食とくらし、食文化が大事にされ、高まってほしいものだ。                              (H29.12.26記)

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風に吹かれて( H29年12月号 : 不安で流動的な国際情勢)

 

 

  師走・12月の声を聞くと、なにかと慌ただしい気持ちになってきます。

 

天候不順が続きましたが、11月に入って落着きを取り戻し、あづみ野に通う「あずさ」からは、山岳展望と暖かい車内の一献が楽しめる季節になりました。

 

 

 

さて、12月号は、最近の国際ニュ-スへの感想などです。(H29.11.28記)

 

 

 

・社会主義強国の建設へ

 

「強勢大国」(北朝鮮)、“Make America great again”(アメリカ)に続いて、共産党大会を経た中国では「社会主義強国」の建設と来て、なにやら一昔前の「千年帝国」(ナチス・ドイツ)や「大東亜共栄圏」(日本)を彷彿とさせる。

 

 

 

“猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。遠く異朝をとぶらふに、秦の趙高、…これらは皆旧主、先帝の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、天下の乱れむ事をも悟らずして、民間の憂ふる所を知らざりしかば、久しからずして亡じにし者どもなり”(平家物語 祇園精舎)

 

 

 

 

 

● バルフォア宣言100年 「誇りか謝罪か」

 

 

 

 イギリス「三枚舌外交」の一つであるバルフォア宣言から100年が経過した。

 

 

 

これについての読売と産経の報道ぶりの違いには興味深いものがある。(11/4)

 

 

 

読売は、見出しで、「ユダヤ人国家支持・100年前の謝罪要求」とし、記事では、<パレスチナ自治政府は、「この宣言によって、われわれは大きな犠牲を払ってきた。英国に謝罪と犠牲者への補償を求める」との声明を出した>と報じて、イスラエル側の会見も伝えたが、イギリスの反応は書いていない。

 

 

 

 産経は、見出しでは、「英国のユダヤ人国家支持 メイ首相<誇らしい>」とし、<イスラエル建国に英国が演じた役割を「誇らしいと思う」と述べた>である。

 

 

 

 

 

 

 

 歴史は、イギリスが、①フサイン・マクマホン書簡(アラブの独立を約束)、②サイクス・ピコ密約(英仏露の3国で地域分割)、③バルフォア宣言(ユダヤ国家の建設約束)の三枚舌を使ったと評価するが、英国政府は受け入れない。

 

 

 

● カタルーニャの首相、「ベルギーに」 避難

 

  スペイン東部「カタル-ニャ自治州」が<共和国として独立宣言>をし、中央政府は、<自治権停止、反逆罪の適用とEU逮捕状の送付>で応酬した。自国周辺への波及を恐れる国際社会の反応は鈍く、事態は予断を許さない。

 

 

 

手許の「世界史年表」を見ると、<バルセロナを抱き豊かな産業の地であるカタル-ニャ(カタロニア)>とスペインは、歴史的に敵対関係の因縁を持つ。

 

 

 

①1714年、カタル-ニャは、スペイン軍の「バルセロナ包囲戦」に敗れて、公国としての地位を     失ったが、その後も、しばしば内乱・暴動が起きている。

 

②1919年、自治を計画する大集会が失敗に終わる。

 

③1934年、共産主義者・労働者の暴動とカタロニアの独立企図が失敗する。

 

④1936年、人民戦線とフランコ派の闘争が始まる。(スペイン内戦へ)

 

⑤1937年、バルセロナは共和国派の砦となるが、敗れ、カタル-ニャ語も禁止。

 

  「独立企図」といっても、<スペイン連邦内のカタル-ニャ国になる>ことだったのであるが、フランコ政権は許さず、指導者たちはフランスに逃げる。フランスは、引渡し要求に応じなかったが、ナチスドイツに敗れるに至って、ビシ-政権は指導者たちをフランコに引き渡し、彼らは処刑されてしまう。

 

 

 

  いま生じている独立問題は1934年と似ている。カタル-ニャのプチデモン首相が逃亡先にベルギ-を選んだ背景は、①フランスを信用していない、② ベルギーのオランダ系住民に独立志向があり、支持もある、③アメリカなどへの亡命もしやすい地の利にあるからだと見ているのだが、さて、ベルギー政府は、どう出るのだろうか。

 

 

 

 

 

● 「戦争と農業」 (インタ-ナショナル新書)を読んで

 

 

 

藤原辰史は、「第一次世界大戦と第二次大戦と冷戦期、人が餓え、殺された時代の歴史の研究者」(当人の弁)で、その視点はこの著作にも貫徹されている。

 

 

 

 

 

 

 

表紙裏の見返し部分には、“農作業を効率的にしたい。その思いが20世紀の農業技術を飛躍的に発展させ、同時に、その技術が戦争の在り方をも変えた。

 

 

 

トラクタ-(のキャタピラー)は戦車に、化学肥料(の窒素固定)は火薬になった。

 

 

 

逆に、毒ガスは平和利用の名のもと、(殺虫剤など)の農業に転用される。

 

 

 

本来人間の食を豊かにするはずのテクノロジ-発展が現実には人々の争いを加速させ、飽食と飢餓が共存する世界をつくった。この不条理な状況を変えるために、わたしたちができることを考える”と著者の考えが述べられている。

 

 

 

 

 

 

 

個人的に興味を引いたポイントを、以下に、虫食いで要約してみた。

 

 

 

(1)20世紀の人口増加を支えた4つの技術:農業機械(トラクタ- →戦車)、

 

 

 

化学肥料(→ 火薬)、農薬(← 毒ガス)、④品種改良(→ 遺伝子組み換え)

 

 

 

(2)空中窒素固定の工業化(←硝石、海鳥の糞化石)が戦争の引き金になった。

 

 

 

アホウドリの狩猟(羽毛の採取・輸出)とその地にある糞やリンを利用することも、日米の利害衝突の一つで、その場所が、あのミッドウエイだった。

 

 

 

(3)現代の兵糧攻めと食料の強制調達:第一次世界大戦期に、空襲よりも人々を苦しめた攻撃方法が「経済封鎖」「食料攻め」だった。

 

 

 

…イギリスによる対ドイツ海上経済封鎖(ドイツに76万人の餓死者と「1918年ドイツ革命」をもたらす)、第二次世界大戦での独・ソ談合のポ-ランド封鎖・食料徴発、1941年のレニングラ-ド封鎖(飢餓計画)による700万人の餓死、兵站を無視の日本軍では、戦死者の半数は餓死であった。

 

 

 

(4)「幸福追求権」については、子どもの貧困問題と関連させ、幸福追求の中心には、食べ物を据えるべきで、食べて考える、考えて生きる、そのために食事らしい食事の機会・場所(居場所)が与えられなけばならない。

 

 

 

(5)「キンダ-ガルテン」(幼稚園)とは、「子どもの庭」で子どもたちが育つたところ、花や木だけでなく野菜、麦、果樹など「食べものが育つ庭」でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 藤原の結論は、①企業の害へ異議申立、②有機農業を市場価値でない新しい仕組みの要として再構築、③種子の選択、④食べる場所の再設定になろうか。

 

 

 

 

 

※ この著者は、他にも「カブラの冬」「稲の大東亜共栄圏」「ナチスのキッチン」が面白い。

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風に吹かれて( H29年11月号 :つれづれに思ふ)

 あづみ野は、めっきり寒くなりました。常念山脈の山肌が薄化粧をし、遠く、後立山連峰は、もう真っ白です。野沢菜にとって、霜が降りるこれからが大事、近所の畑には、追肥を施す農家の方々の姿も見えます。やがて、雪しぐれと凍りつくような日々、冬の寒さがやって来ることでしょう。

 

11月末を目指して店じまいの準備に入りましたが、まずは、花や実をつけてくれた草木への「お礼肥」、来年を楽しみにカサブランカ(球根)の植え付け、そして、小豆(在来種)、柿の収穫から始めています。(10/27)

 

 

 

 さて、11月号では、このところ見聞きした事象の断片への感想を記しました。

 

 

 

●    線香花火の東西

 

線香花火の誕生は1600年ごろ、戦国時代に鉄砲とともに伝来した黒色火薬が戦国時代の終了により、「平和利用」されるようになったという。(9/5読売)

 

初めのころは、わらしべの先に火薬を詰めて香炉や火鉢に「線香のように」立てて燃やしたらしく、これが「線香花火」の由来である。関東は紙製が普通であるが、関西では、いまでも「わらしべ」が4割ぐらいを占めるとあって、まるで、「おでん」と「関東炊き」のような違い方が楽しい記事だった。

 

● 「鏡割り」と鏡開き

 

ある日のNHKラジオのニュ-スで、「高安の大関昇進祝いが港区内のホテルで開催され、…鏡開きが行われた」と放送された。はて鏡開きは鏡餅の方で酒樽は鏡割りではないかと一瞬、違和感を覚える。しかし、ウイキペデイアによれば、どうやら、酒も餅も両者は同じ語源らしい。

 

 武家では、供えておいた鏡餅を新年の吉日に食するが、餅を<切る>では、切腹につながり縁起が悪い。<割る>も同様なので、そこで、これらを避けて、<開く>に落ち着いたとあり、ここまでは、餅に関する語源の解説だ。

 

 

 

一方、酒屋では、酒樽の上蓋を「鏡」というから、<鏡を割る>も具合が悪い。上蓋の開封は<鏡抜き>が正式だとあって、たぶん、類語の混同なのであろう。

 

● コラソン・デ・メロン(メロンの心)

 

 これまた、NHKの「ラジオ深夜便」からである。2時ごろからは、「懐かしの歌」<海外編>が流れる。9月15日には、1950年代の歌が放送された。「つぎは、ロ-ズマリ-・クル-ニ-の“メロンの心”をお送りします」。そう、日本では、森山加代子が歌ってヒットした曲、原題は“コラソン・デ・メロン”である。

 

 自らの話になるが、長らく<メロン>とは、マスクメロンかプリンスメロン、あるいはハネデユ-メロンと思い込んでいたのだが、あらためて聞いてみると、・・・Your heart is water-melon・・・sweet and・・・ときて、実は「スイカ」だった。思い込みとはこんなもの、いまでは、スイカも高く、メロンと並ぶ高級品だ。

 

●    間の抜けた話 – パート 2

 

 佐渡(相川)の博物館で、金塊の「レプリカ」が盗難にあったと報じられた。時価は高々50,000円だとか、割に合わない仕事だ。おまけに、捕まった犯人の2人、ほかの異なる窃盗で手にした現金1000万円も車中から発見されてしまうというドジを踏むアホぶりで、とんだ笑いものになっている。

 

(同じ島内の西三川ゴ-ルドパ-クでもショ-ケ-スが壊される事件があったので、警察に目を付けられていたのかも知れない。ただし、こちらも、夜間は、800万円する本物は別の場所に厳重に保管していたと答えていた)

 

 

 

 美術展の展示品だって、パ-テイ-で身につける高級装飾品だって、本物は自宅金庫にあるぞという代役=レプリカを飾るのが一般常識なのだが・・・。

 

●    夜間・休日の議会

 

 これも長野県の話題である。「議員のなり手に悩む喬木村が、夜や休日に議会を開く方針を決めた。会社勤めの人も議員になれるようにという発案である」と報じられた(9/17読売)これはもっともなことである。北欧などでは普通のこと、日本でも、東京での全国団体の仕事が重複してやむを得ない場合、地元自治体の議会は休日に開いていたという例があると聞く。

 

(H29.10.31記)

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風に吹かれて( H29年9月号 : あづみ野の夏日記)

   この夏は、あれやこれやで30日間ほどをあづみ野で過ごしました。8月21日からは小中学校の新学期も始まって、近くの田んぼでは、稲穂も垂れ下がってきましたが、天候不順が続きましたから、この秋の収穫がとても気になります。

 

  9月号では、これまでの「見聞・行事・風物詩」をランダムに書き記しました。

 

● 「松本ナンバー」 に要注意

 

    ここに暮らすようになってすぐ地元の人にいわれたのは、「松本ナンバ-は運転が乱暴だから気をつけるように」であった。なかでも実感しているのは、右左折や直進の優先順位を守らない、速度制限の表示は無視するの2点だ。交差点向かい側の先頭に直進車や左折車がいても早い者勝ち、どんどん右折してくる。また、法定速度の10kmオ-バ-程度で走っていても、前方に空きありと見るや、「はみ出し禁止車線」の表示は無きがごとしで追い越していく。

 

 当方の品川ナンバ-への威嚇なのかもしれないが、地元も認めるくらいで、それが一般的、気が短い人が多い地域と見えて、事故には「要注意」である。

 

 

 

● あづみ野の花火は 「田んぼ前の特別席」から

 

   当地の8月は、花火大会のオンパレ-ドである。8月13日の松川村・池田町(3000発)、8月14日の安曇野市(10000発超)、そして、15日の終戦記念日は、大町市の木崎湖の「灯籠流し&花火大会」が湖面に映える。諏訪湖の大花火大会には負けるものの、「安曇野花火」もなかなかのものだ。自宅2階の窓から見ることもできるが、風もあり涼しかったので、田んぼ前の農道に椅子を持参し、蚊取線香を焚き、長袖・長ズボンの完全武装でじっくり1時間半、「光と音のペ-ジェント」を楽しんだ。自宅から3.4km先の「大王わさび農場」付近、犀川の河原で打ち上げられるので、光が見えて10秒後には「ドン!」と聞こえる。<音の秒速は340m>を実測しているようであった。

 

 余談になるが、花火は、亡くなられた方々、とくに不遇の死を遂げた方々の鎮魂行事である。全国一といわれる長岡の花火大会が、8月1日に催されるのは、1486人が犠牲になった「長岡大空襲」の日に因んだものだ。山本五十六元帥の故郷を襲うことにより、米軍は、日本国民の戦争継続への士気を粗相させようとする戦術をとったからといわれている。

 

 

 

● 山はそろそろ秋の気配

 

   7月下旬に標高1500mの白馬五竜高山植物園へ行ってきたが、マツムシソウ、オミナエシ、ワレモコウなど秋の花々が一部で咲き出している。そして、9月末からの紅葉は、高山地域に始まり、次第に里へ下りてくる。白馬・栂池高原のナナカマドは、10月の涸沢にも引けを取らない、息を呑むほど美しい眺めで、そのころになると、平地では秋祭、朝夕はだんだんに寒くなってくる。

 

 この夏は天候不順のため、山岳遭難も多発した。体力不足、準備不足、知識不足、年齢超過などと嘆かわしい遭難理由ばかりだ。ところで、高山地域でのスマホや携帯電話の通話可能エリアはどうか。「信濃毎日」(8/11)によれば、涸沢一帯の通信環境は、NTTドコモが常念岳(2002年)にアンテナを設置したのを皮切りに、KDDI 2016年の蝶が岳が続き、ソフトバンクも近く涸沢の周辺に設置の計画があるらしい。どこからも通信可能な時代になったが、そのせいか、最近は、横着な者も多く、安易に救助を要請し、「費用が掛かる」と伝えると、「それではいらない」というバカも増えていると聞く。 これまた余談になるが、こちらは山岳展望の話である。針ノ木岳の山小屋には50年前から「槍見荘」と名付けたトイレがあるそうで、そのトイレの換気窓は畳1枚ほど、直線で20km離れた槍ケ岳の遠望がピタリ収まる。知る人ぞ知るであるが、もっと早くに知りたかった。この夏は見える日が少なかったという。

 

 

 

● 穂高神社と矢原神明宮、2つの神社と秋祭

 

 

 

 穂高神社は、「安曇海神族」の守護神ともいわれ、水、船、水運と関りが深く、1年を通して、穂高町の<本宮>、明神池の<奥宮>、奥穂高岳山頂の<嶺宮>などで水への神事がある。高瀬川、穂高川、犀川の合流点での「お水取りの儀」、明神池・奥宮への「お水返しの儀」、それに加えて、本年は初めて、穂高岳山頂(3190m)の嶺宮へ、「明神池からのお水返し」も行われた。(7/27)

 

 

 

「本宮」の秋祭(9/26~27)では、穂高人形を飾った大小5艘もの「御船」(舟形の山車)が激しくぶつかり合う江戸時代からの勇壮な行事が催される。

 

    そして、秋深い11月4~5日は、境内で、あづみ野の新そばと食の感謝祭も行われ、多くの人々で賑わいを見せる。(穂高神社の祭神は、穂高見神、綿津見神)

 

 

 

 もう一つ、自宅から5分の矢原神明宮であるが、こちらは伊勢神宮の末社で格式は高そうだ。秋の例大祭(9/24)には、伊勢神宮から宮司もお越しになる。また、式年遷宮のときには、旧社の木材も配られると聞いた。海神族の神社と伊勢(大和民族)の末社、なんとなく、大和時代の勢力の張合いを示しているような気もするが、決して仲が悪いわけではない。秋祭の順序は、矢原→穂高、

 

 

 

舞を奉納する巫女さんは、どうやら穂高神社からの助っ人のようだ。ちなみに、矢原神明宮からお伊勢さんに奉納されるワサビは、大王「山葵御料圃」で栽培されるが、ここでの豊作祈願は、両神社の神職の共同で行われた。(5/7)

 

 

 

なお、養蚕の安曇野らしく、矢原神明宮には高崎「繭仲買人」の掲額もあり、当地で嫁を貰うときには、その伝手で、岡谷の和服店から衣装を整えるとか。

 

 

 

(注)北安曇の大町には、紀元前後に創建され、天照大神を祀って豪壮な社殿を構える「仁科神明宮」がある。こちらは、グル-プに属さず独立を保って続いていると聞く。

 

   ネットには、安曇郡では諏訪神社系と穂高神社系が勢力を張り合ってきたとある。

 

 

 

余談ながら、7月15日に行われた「天下の奇祭」(南信・宮田村の夏祭)での「あばれ神輿」はもっとすごく、新造した神輿(200kg)を社殿前の階段から持ち上げては突き落とし、たたきつけてバラバラにする。そして、カケラが氏子にとっては1年間の無病息災のお守りになるから、壮絶な分取り合いだ。信濃毎日の報道写真は、20年前の映像と少しも変わらず改めて感動した。

 

 

 

 ● 安曇野の「食」

 

 「信州の発酵食」(小泉武夫・横山タカ子 2016年・しなのき書房)は名著だ。

 

 日本一長寿の長野県の秘密の一つは、「発酵食、醸すにある」と解説し、味噌、糠、酒粕、醤油、酢、そして「糀」を使ったレシピを紹介している。麦編の「麹」ではなく、米偏の「糀」を用いたことも好ましい。(東京麹町も本来は「糀町」)

 

  著者の横山タカ子さんは、北安曇・大町市出身の郷土料理家である。

 

 

 

 ところで、当地のス-パ-では信州らしい品揃えが目立つ。興味深い商品としては、甘露煮のイナゴ、蚕のサナギ、ワカサギ、クルミなどがいつも陳列されている。最も特徴的なのは、水産物コ-ナ-の「塩イカ」だ。「塩の道」の副産物?である塩イカは、料理として定着し、棚3段分を占領するほどだ。<信州人の愛する“塩イカの酢のもの”>などと称し、作り方のレシピまで添えてある。残念なことに、漁獲状況が悪く、ほとんどがニュ-ジ-ランド産になっている。

 

  ほかにも、信州のス-パ-では、佐久でハチの子、小鮒の甘露煮が常置される。

 

冷やかし半分でいわれる「ザザムシ」は見かけないが、いつか試みたい。

 

 

 

 

 

● 拾ケ堰 (じっかせぎ) が世界かんがい施設遺産に

 

 

 

 安曇野地域1000 ha(旧10ケ村)を潤す全長15kmの拾ケ堰(農業用水)は、1826年(文化13年)の完成ながら、標高570m地点を緩やかに(1/3000勾配)流れる素晴らしい技術水準の疏水で、「日本の疏水100選」にもなっている。

 

(注)奈良井川に取水して、サイフォンの原理で梓川の下を潜って用水の流れが始まり、

 

  最終的には、烏川に注ぐ用水である。

 

 

 

 拾ケ堰は、昨年11月、「世界かんがい施設遺産」(注)に登録され、このたび、記念式典が安曇野市総合体育館で行われた。(7/28)

 

 

 

 豊科南小では、保護者や近隣住民と清掃に取り組んできているが、「登録をきっかけに自然を守るために何ができるかみんなで考えよう。さらにきれいになるよう、自分にできることを考えたい」、また、土地改良区理事長は「先人の偉大な遺産を守り伝えるため一層の維持管理に努める」と決意を述べた。

 

(注)国際かんがい排水委員会(ICID)が、原則100年以上の歴史的価値がある農業用の水利施設を登録するもので、2014年以来、世界の50施設のうち5割以上が日本にある。

 

 

 

● 最後に琵琶湖周航の歌

 

    「われは湖(うみ)の子 さすらいの」で始まる「琵琶湖周航の歌」の作詞家小口太郎は、なんと長野県岡谷市の出身であるという。彼は、旧制第三高校に学び、ボ-トもやった。その寮歌として作詞して、戦後にヒットしたのである。

 

 これに因んで、いまも諏訪湖でボ-ト大会が行われている。

 

    5月14日に開催されたレ-スの終了後には、小口の生誕120年を記念して、みんなで歌っているのを新聞も取り上げているが、琵琶湖の歌を諏訪湖で歌う、なんとなく、しっくりこない感は否めない。                                                                           (H29.8.31記)

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風に吹かれて( H29年盛夏号 :酒酌めば)

 

 

 

梅雨が明けて、戸隠や南信・飯田などでは、夏そばの花が楽しめる季節に

 

 

 

なりました。夏そば、花の見頃が7月上中旬、新そばの出回りは8月からです。

 

 

 

芭蕉には、「蕎麦はまだ 花でもてなす 山路かな」がありますが、こちらは

 

 

 

秋そばで、初秋の風景でしょう。(注)あづみ野の秋そば、花の時期は9月中旬です。

 

 

 

 

 

 

 

酒酌めば ことに無月の 蕎麦の花  (柿園)

 

 

 

安曇野のわが家の近く、懇意にしている蕎麦屋で見かけた句です。高校の

 

 

 

先輩(俳人)の解説は、<微醺を帯びて(あるいは酔うほどに)、雲に隠れて

 

 

 

見えない無月の薄明かりの下で眺める蕎麦の花は、仄白くかすんで辺り一面に幽玄な情趣が漂うようだ> と素晴らしい。さて、酒は夏しぼりか、冷おろしか?

 

 

 

 

 

そして、五竜白馬高山植物園のアルプス庭園には、「ヒマラヤの青いケシ」や「エ-デルワイス」が、花の時期を迎えて賑わっています。(7/15&16が花祭)

 

 

 

 ●政策秘書ってなんだろう

 

   6月下旬、週刊新潮の報道を皮切りに大騒ぎとなった「豊田真由子議員(衆・自民党・当選2回)による政策秘書へのパワハラ&暴行」は、人格上の問題はもとよりだが、議員と秘書の不平等関係(使用人扱い)、政策秘書制度が当初の意図どおりには運用されず改善の兆しもないことなど相当に根深いものがある。

 

 

 

 「政策秘書」とはいいながら、その実態は、公設秘書のうち勤務年数が最も長い秘書に「政策秘書」の肩書・給与を与えることが多く、仕事も、一般的な議員秘書の延長線上にある事例も少なくないとされている。そのために、他の秘書と区別されず、礼状・案内状書き、励ます会の依頼、議員の運転手替わりなど雑用係をやっている。報道を受けて、古手の衆議院議員が、「彼女はかわいそうだ、男の議員はもっとひどい(ケ-スがある?)」といって、後に発言を撤回したのもその実態を表しているとはいえないだろうか。

 

 

 

 形ばかり、アメリカ議会のスタッフ制度を真似したこの「政策秘書制度」は、改革の効果を出しておらず、役割・機能を抜本的に見直す時期に来た。

 

 

 

【閑話休題】 「政策秘書」は、1994年1月、細川政権の政治改革によって誕生した制度で、「議員の政策立案と立法活動の補佐をする」(国会法132条②)、いわば「上級スタッフ」として、それまでの公設秘書2人に加えられたもので、①資格試験を受験し合格した者と②公設秘書5年以上の経験+研修を受けた者の2つの道がある。給与は国から支給され、年俸総額が1000万円を超えることも多いという。

 

 

 

 安倍チルドレンの「魔の2回生」ともいわれるようである。余談にはなるが、「小泉チルドレン」のときにも似たような現象があった。新チルドレンの大量当選を受けて、元総理の森喜朗さんが嘆いていた。「こんなに勝ってしまって、勉強、努力の足らない人たちが入ってくるといつか手ひどいシッペ返を食うんじゃあないか」。残りの2回生には、ぜひとも、そうならないことを願いたい。

 

 

 

●おまじない

 

 話を始めたり、締めくくったりするときに使われて、<意味のない>または<意味のわからない>おまじないのような言葉がある。NHKのラジオ深夜便で秋田の民話を聞いたが、語り部の<締めくくりのおまじない>は、「とっぴん、ぱらりの、プン」となかなかに簡素でかつおもしろい。ほかにも、民話の終わりを 新潟では「エッチャ・ポン」、遠野では「ドンド・ハレ」と締めくくるとも聞いた。

 

 

 

 なお、落語にもおまじないのようなセリフがしばしば登場する。「死神」では、「あばらかべっそん、きゅうりんだい、てけれっつの パッ!」と使われているが、これでは何だかさっぱりわからない。先代の桂文楽は、自分の住所に因んで、「てけれっつの 黒門町!」と変えていた。

 

 

 

 そして、母親から子どもへのおまじない、「いたいの、いたいの、飛んでいけ」は、なんとなくいい感じである。いまテレビコマ-シャルで、これを各国の言語で採録しているらしいのが流れているが、本当に世界中にあるのだろうか。

 

  英語版では“Pain , pain! Go away !”と聞こえて、日本語とまったく同じだ。

 

 

 

 

 

●一方通行もバックで進めば逆走OK?

 

 信号や交通標識を守れば安全というわけではなく、用心に越したことはない。ある日のこと、紀尾井町付近の一方通行路を一度は大通りに顔を出した後に、何を思ったか、バックで100mほど逆送してくる軽トラックに遭遇した。

 

 バックで進めば一方通行路の逆走も交通違反にならないかのごときふるまい、

 

このトンデモない運転手、もう一度教習所へ行って一からやり直せ!

 

 逆走ではもう一つ、日テレ通りに合流する道には一方通行が多く、当地域に不案内の運転手では、地図に夢中になって標識を見落として進入し、通行者をヒヤリとさせることも起こる。ナビを使っていれば進入の指示はないはずだと思うのだがどうであろうか。このときは、周囲の冷たい視線が印象的だったが、当人はまったく気がついていない。一方通行だからといって安心はできないし、高齢者の「高速道路での逆走」という恐ろしいこともあり、もって瞑すべしか。

 

 

 

 余談になるが、テレビで救急車の運転手に取材をした番組を見たことがある。そこで、救急隊員がいうには、「なにが怖いといって、急行する救急車の後を同じスピ-ドで着いてくる車ほど怖いものはない」そうである。救急車の後に続いていけば、確かに楽かもしれないが、まことに困ったものである。

 

 

 

 

 

●クマと警察で強盗を挟み撃ち?

 

 最近の新聞報道でもっとも傑作だったのは、「3人組の宝石強盗事件」である。

 

宇都宮市の住宅で住人女性にけがを負わせたうえ、660万円相当の宝石が入った金庫を奪った男3人は、日光市足尾の山中を逃走中にクマに遭遇、県警捜査員20人以上とクマに挟み撃ちをされ「絶体絶命」とあきらめ、身柄を確保された。クマは体長2mを超す大きさだったからさすがに年貢を納めざるを得ない。

 

 

 

 警察の反応が「クマに感謝状でもやりたいよ」とは笑わせる。    (H29.7.27記)

風に吹かれて( H29年10月号 :見たり、聞いたり、読んだり)

 

 

  あづみ野の庭の一隅に植えた在来種の小豆が実をつけています。小粒で色は黒く、皮も固くて調理には厄介ですが、栽培は容易で丈夫なようです。北安曇地域特有の品種らしく、霜が降りるまで実が成り続けると聞きました。朝早く、やさしい色の花が咲きます。一鞘に10粒ぐらいですが、この秋は、種子を採取するにとどめて、来年の元手にし、もっと手広くつくろうかと考えています。

 

 

 

さて、「読書の秋」になりました。近ごろ、見たり、聞いたり、読んだりしたなかから、印象深かった本のポイントなどを書きとどめることにします。

 

 

 

● “コンテインジェンシ-・プラン” (contingencyplan)

 

 

 

 小池都知事も愛読したという「失敗の本質」(野中郁次郎ほか・中公文庫)に登場する言葉で、組織体が機能的・効果的に稼働するには、たとえ偶然であれいかなる危機にも即応できるシステムが準備されていなければならないという。この観点からすれば、9月10日の「小田急沿線火災・列車への類焼」の場合、プランはどこにも見当たらず、消防、警察、列車の対応には大いに疑問が残る。

 

 

 

(消防の要請を受けた)警察が踏切の「緊急停止ボタン」を押したために、列車は火災現場に強制的に停止させられて、屋根への飛火・延焼を招いた。ステンレスやアルミの車体は熱伝導がよいから、車内はすぐに熱くなる。もし、乗客が非常コックを開き、火災現場の近くへ脱出していたなら死傷者の発生は免れなかっただろう。<車体は不燃構造、屋根表面は可燃性の絶縁体>という状況で外部からの火災への唯一の対応方向は、消防が叫んだ「列車を止めろ!」ではなく、 「すぐに現場から離れろ!」 だった。停止場所も考えずに「緊急停止ボタン」を押した警察の行動も、やりとりを続けて時間を浪費し、緊急・強制停止の解除を遅らせた司令室の対応も、ともに危機管理としては拙劣である。 繰り返すが、<列車は止めず><乗客は降ろさず><現場からまず離れる>、現場を知らない指令室に対しては、運転手も「このままでは被災する、直ちに離脱させろ!」と訴えれば、約10分もかけず、30秒~1分で片づくことだった。 列車運転が<手動>、危機対応も<運転手・車掌に委ねられていた>時代は、危機管理意識が厳しかった。船舶や航空機の場合には、船長、機長に絶大なる権限が委ねられている。「コンテインジェンシ-プラン」の整備について、強く警鐘を鳴らしたい。自動化が進み過ぎ、人間の判断・行動を認めない対応では、重大事故が懸念される。国交省の「法律上は定められていない」はピンボケだ。

 

 

 

(注1)「失敗の本質」によれば、太平洋戦争の分かれ目となった「ミッドウエイ作戦」で、日本海軍が実戦の場で取るべきだった行動は、米航空艦隊発見→基地攻撃爆弾から魚雷へ装備変更でなく、①米爆撃機からの攻撃回避のため直ちに発艦、②既装の爆弾で米空母を襲撃、③米航空母艦上に火災を起こし、米航空機の着艦を不可能にすることであった。臨機応変、危機・緊急対応、マイナスを極小化し、プラスの歩留まりを高める対応)自らが遭遇するであろう災難を想像することができず、米航空母艦の撃沈のみにとらわれ、虎の子の連合艦隊を失なってしまったのである。

 

(注2)平成27年9月号で取り上げた「中央線・湯ノ花トンネル銃撃事件」で、列車運転手は米軍艦載機の列車銃撃に対 し、多数の死傷者は出したものの、列車を停止させることなく、必死で 近くのトンネルへと逃げ込み、多くの人命 の救 出に努力し ている。

 

 

 

●安曇野」と柳田國男

 

 

 

 臼井吉見の「安曇野」を再読して、柳田國男に関する印象的な記述に出会った。第5巻その21において、柳田は、著者を通して、まず、つぎのようにいう。

 

(1)  過去の日本の捨つべきものを愛惜し、確乎守るべきものを捨て去ることがあってはならない。

 

(2)  さらに、続けて、「昔風と当世風」と称し、

 

  老人などがしきりに愛惜する昔風は、彼ら自身の当世風にすぎない。全体として、近代の当世風          の 中には愚劣なものが多く、これを後生大事に守って、変革を敵視する保守派などは、嘲笑以外の何物でもない。

 

(3)  帯などという大げさなものを腰にまとい、奥様が帯をしているのやら、帯が奥様をしているのやら見分けもつかぬ格好をして歩いている。こんなのは、ほんの一時の心得違いによるものだ。

 

 

 

 (注)昭和40年ごろ、東京教育大学の日本史の講義で、家永三郎先生も、「胸高の帯は、古代、中世にはなかった」と 述べていた記憶があるが、「封建時代になり、女性の行動を縛るものとして胸高に変わっていった」という続け方をした。こちらの方はどうだろうか。

 

 

 

(4) 日本人魂と日本人の座り方とは深い関係がある、畳というものがなかったなら、日本人の勇気は今日ほど修練されなかっただろうという説は滑稽である。日本人がぺちゃんこの座り方を始めたのは、3~400年前より古くはなく、畳を敷き詰めたのはほんの近世からのことだ。

 

 戦争中にもかかわらず、教育勅語に対して、「これは一部の武家の規範であり、ほかの多くの階層のものには役立たない」と批判めいたことを述べ警察に目を付けられたことも引用されている。改革派としての柳田の側面を見て印象深い。

 

●「江戸東京の聖地を歩く」

 

岡本亮輔著(ちくま新書)だが、傑作の部類である。歴史の短い江戸東京において、いわゆる「聖地」がどのようにして形成されていったかを、具体的な場所ごとに記している。神社仏閣が中心であるが、どうして流行ったか、誰が・どのように流行らせたか、流行っていたが廃れてまた流行るキッカケは何か、近ごろに生まれた聖地のいわれなどが分類・整理されている。フィクションもよし、神話・伝説もよし、要は「物語」から始まるのである。

 

 

 

 著者は、「近世以来、江戸東京には無数の人が暮らし、数々の社会的・文化的・政治的・経済的な出来事が生じた。政権交代、急激な経済成長、悲劇の大量死、無残な虐殺もあった。こうした出来事は起こるたびある場所に何らかの物語が紐づけられ、それが共有されることで聖地が生み出され、それが急速に広まり、忘れられる」と総括する。代表的な、楽しそうなものをランダムに挙げよう。

 

 

 

① 将門塚=首塚 京で打ち首にされ晒された平将門の首が、切り離された体を求めて東国に舞い戻ったという。(無念の死を遂げた)変死者は凶霊になるとされ、それを鎮めるのに用いられたのが「支解分葬」=死体をいくつかに切り離し、異なる場所に埋めて凶霊の発生拡散を防ぐこと、各地に見られる。左遷や出向からの復帰を願うなどの物語も生まれた。

 

② 広瀬中佐像(軍神の聖遺物) 日露戦争の旅順閉塞作戦で、杉野上等兵曹を探し求めて戦死し軍神となった広瀬中佐の像が万世橋に建設されて、遺品とされるものも靖国神社の遊就館に並べられる。中佐のもの、ゆかりのものという品物が次々に発見、陳列されるが、これはキリスト教の聖遺品と同じである。太平洋戦争後には取り壊されて、40年だけの聖地に終わった。

 

③ 回向院 両国にあるが、明暦の大火で建立され、宗派色はない。安政大地震、関東大震災の死者も祀られ、首都であるが故の大量死の鎮魂をも引き受けてきた。これに対し、小塚原回向院(南千住)は、刑死した者の弔いである。

 

④ 於竹(おたけ)大日如来井戸跡(聖女) 江戸初期、人間離れした倫理性のために流行神になった女性がいる。大伝馬町の名主の下女「お竹」だが、信心深く、慈悲深く、与えられた食事や給金はことごとく施してしまって、(栄養失調で)倒れ臨死体験をする。夢で阿弥陀様の姿を見て救われる。信心はますます深まって、これに目をつけた出羽の羽黒山の山伏たちが「大日如来縁起」を作って宣伝し、「聖女」への信仰として導いた。

 

⑤ 鼠小僧の墓(両国回向院) 「義賊」とされているが、戯作者:河竹黙阿弥の「鼠小紋東君新形」による想像の産物で、実態はふざけた野郎だったらしい。数千両を盗んだといわれるが、捕まったときには、放蕩、ばくちで無一文。そのために、<貧しい人々に恵んだからだ>との話になった。武家屋敷のしかも女性便所から忍び入り、眺めを楽しんだ挙げ句、金は女性から奪った。武家が狙われたので人気を集めたのだと「歴史家の磯田先生」が解説する。 ギャンブルには御利益があるとされ、いまでも墓石を削る人々で賑わう。

 

⑥ 最近の聖地 美男剣士の「沖田総司」終焉の地と称して恋愛の聖地になった「浅草の今戸神社」、パワ-スポット化した「明治神宮の清正井」、長編アニメ「君の名は」に登場する階段で聖地になった「四谷須賀神社」etc.

 

 

● 「あて字の日本語史」

 

 

 

田島優(風媒社刊)の名著であるが、2200円とやや高額なのが気になる。

 

 

 

<糸惜><口惜><無・甲斐><無・墓><六借><浅猿><四度計無>などあて字の連発である。それぞれ、いとおし、くちおし、かいなし、はかなし、むつかし、あさまし(ら)、しどけなし、といった具合である。

 

 

 

 さらに、漢字の意味内容と「読み」を工夫した例では、饗応(フルマイ)、骸骨(アバラボネ)、喧嘩(カマビスシ)と続き、ポルトガルからの外来語では、「音」により、または「訓」(意味)に「音」を乗せて、いまでも使われる。<合羽>(カッパ)、<更紗>(サラサ)、<羅紗>(ラシャ)、<襦袢>(ジュバン)、<金平糖>(コンペイトウ)、<加留多>(カルタ)、<煙草>(タバコ)などがそうだ。

 

 

 

こうしたあて字は、はるか古事記、日本書紀の時代から延々、「音を借用」し、「音+意味の合作」として活用され・進化し、現在も続くのである。

 

 

 

               (H29.9.28記)

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